【マイルス・ディヴィス】In a Silent Way  アルバムレビュー 考察49 

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In a Silent Way 概要

1969年 Columbia

Wayne Shorterss
John McLughlinelg
Chick Coreaelp
HerbieHancockelp
Joe Zawinulelp,org
Dave Hollandelb
Tony Williamsds

さて、ぼくは、いまマイルスのCDを聴いています。

「イン・ア・サイレント・ウェイ」

を聴きながらこのブログを書いています。

好きなアルバムなのですが、なぜかマイルスの変化を感じなくては・・・という圧を自分にかけて聴いてしまう。

しかし、これがかっこいい、と思うだけで本来いいはずです。

「マイルス・イン・ザ・スカイ」「キリマンジャロの娘」でロックを取り入れたことはわかっていますが、さらにそれが突き抜けて一枚、皮がはがれたようなものを僕はこのアルバムから感じます。

鍵盤楽器に3人の巨匠、エレクトリック・ギターにも変化 In a Silent Way

このブログに初めて名前が出てくるのがジョー・ザヴィヌルです。

後のウェザー・リポートの主宰したレジェンドです。

そこにチック・コリアハービー・ハンコックまでもが・・・。

マイルスは音を、とりわけ低音を、厚くするがためにキーボードを3人も据えました。

これがまた、新しいわけです。

さらにエレクトリック・ギターにジョン・マクラフィンも初参加です。

このアルバムからマイルスのエレクトリックを支える重要なギタリストです。

8人編成で2曲、トータル39分ほどのアルバムです。

ただ、曲の構成がおもしろいです。それは次の章にてお話しします。

楽曲を聴く In a Silent Way

Shhh/Peaceful を聴く・・・

「シュー」と読むほうが本当の英語の発音に近いでしょうか。

マイルスの作曲です。

マクラフィンのクリーン・トーンのエレクトリック・ギターから、トニーの16ビートのハイハットが規則的にリズムを刻み、また新しいマイルスを当時の人々は感じたことでしょうね。

ジョー・ザヴィヌルのオルガン、エレピ、さらにハンコックチックのエレピと三重の鍵盤が今までにまったくない構成です。

In a Silent Way/It’s about That Time を聴く・・・フュージョンの原典

最初の4分ちょっとと最後の4分間ちょっとがまったく同じ曲で、テオ・マセロの手で編集された、新しい手法の曲です。

In a Silent Wayジョー・ザヴィヌルの作曲

It’s about That Time マイルスの作曲

メドレーとなっており、最後にまったく同じIn a Silent Wayをテープで編集してくっつけた構成となっています。

「マイルス・デイヴィス自伝」でマイルスはこの曲を多くの人が「フュージョンの原典だとしている」と述べています。

まず、ジョー・ザヴィヌルがマイルスにIn a Silet Wayを書いてわたすと、あまりにもコードが複雑だったそうです。

そこでいったん、メンバーに「コードの書かれた紙を捨てさせて、全員にただメロディだけを演奏」するように言ったそうです。

そしてトニー(この時マイルス・バンドを退団していたが、呼び戻された)の一定のリズムにのって、各メンバーがメロディを鳴らすというアドリブ中心のセッションになりました。

でもジョー・ザヴィヌルはこのように手を加えられた我が曲がお気には召さなかったと同自伝に書かれています。

そしてリズムがかわり、マイルス作曲のミドル・テンポのIt’s about That Timeになりますが、先ほどの前半部分のIn a Silent Wayの一部を取り入れている手法をとります。

ショーターのアーバンな音色のソロが入るとまた空気がしまりますが、ここもまったくのアドリブです。

さらには最後にテープでつなぎあわせたもう一回全く同じIn a Silent Wayテオ・マセロがきれいにつないだわけです。

もちろんこのような編集もテオが勝手にやっているわけではなくマイルスの指示のもとにやっているとどこかで読んだ記憶があります。テオが勝手に「手を」加えることは許されなかったのです。w

全般をとおして・・・In a Silent Way

さて、ぼくは、いまマイルスのCDを聴いています。

「イン・ア・サイレント・ウェイ」

を聴きながらこのブログを書いています。

好きなアルバムなのですが、なぜかマイルスの変化を感じなくては・・・という圧を自分にかけて聴いてしまう。

しかし、これがかっこいい、と思うだけで本来いいはずです。

「マイルス・イン・ザ・スカイ」「キリマンジャロの娘」でロックを取り入れたことはわかっていますが、さらにそれが突き抜けて一枚、皮がはがれたように僕はこのアルバムから感じます。

・・・!?

おや???

この文章はどこかで読んだような・・・。

そうです。このブログ記事の冒頭をコピーして貼り付けただけの文です。w

これは本作の中のIn a Silent Wayで使われた最初と最後をテープ編集した、新しい手法をマネしてみました。w

いや、正確にはIn a Silent Wayの手法をマネした中山康樹さん著「マイルス・デイヴィス完全入門」の書き方をさらに僕がマネしてみました。w

いかがでしょうか?

なんだか、僕は中山さんのことはここ数年、書籍で読んだだけのかたなのですが、きっとオシャレなかただったんだろうなあ・・・と思います。

このIn a Silent Wayの最初と最後を同じ曲のブロックにするという発想を、ご自身の出版物に取り入れてみるなんて、なんだかオシャレな人でしかできないことではないでしょうか?

このような中山さんのマネをしてみたかったのも、このブログをやっている一つのモチベーションとなっています。w

とにかく本作を「ビッチズ・ブリュー」の前段階だ!として捉えたくなるのを中山さんは否定しておられますが、確かに全く独立したアルバムだと僕も思います。

そしてエレピとオルガンを3人の巨匠で演奏している点は、やっぱりマイルスの頭の中の構想をアウトプットした、非常に真新しいアルバムとなっていると思います。

Kind of BlueとIn a Silent Wayという2枚の名盤は、すばらしいミュージシャンが揃っていたからこそできた名作である!!

「すばらしいミュージシャンが揃ってさえいれば、状況に応じて、そこにあるもの以上の、自分達でできると思っている以上の演奏が生まれることが、オレにはよくわかっていた。実際、『カインド・オブ・ブルー』の時も今度(In a Silent wayの録音時)も、すばらしいミュージシャンが揃っていた。」

マイルスは「マイルス・デイヴィス自伝」の中でこのように語っています。

マイルスにとって「カインド・オブ・ブルー」に匹敵するほどのメンバーとすばらしい演奏ができたと本作を位置づけ、マイルスにとってもお気に入りのアルバムとなったことがわかります。

しかし、どこの書籍やネットを見ても、リリース当時はひどい評判が悪かったそうです。

それは「マイルスのジャズを聴きたい」という人々の欲求が満たされなかったからでしょう。

もう既にマイルスは本作で、完全にジャズから脱却してしまい、「マイルス・デイヴィス」というニュー・ジャンルになっていました。

それが理解され、本作が名盤と語られるようになるのは時間がかかったようですね。

きっと僕もリリース当時、リアル・タイムでマイルス・ファンだったら、マイルスに置いてけぼりを食らっていたことでしょう。

この先に世紀の問題作「ビッチズ・ブリュー」があるから、「イン・ア・サイレント・ウェイ」は名作だ!って言い張れるマイルス・ファンは多いのではないでしょうか?

僕もそうです。

なかなか好きなアルバムなのに、言葉にするのが難しかった本作。どんどんブログに書くのが困難だなあと感じるようになっているのは、マイルスはだんだん複雑になっていっているのか?僕の脳が退化しているのか???w

最後までお読みいただき、今回もありがとうございました。

いよいよ「ビッチズ・ブリュー」が近づいてきました。

それではまた、勝手に書かせていただきます。

<(_ _)>

 

 

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