1986年 Warner Bros.
本作からコロムビアからワーナー・ブラザーズに移籍したマイルス。
ここからの最晩年、マーカス・ミラーをあらゆる楽器の演奏や作曲に起用したマイルス。
マイルス自身で作曲する力が劣り始めていることに、マイルス自身が気づいてしまったということなのだろうか?と僕は、毎回このへんのアルバムを聴くたびに思ってしまいます。
『マイルス以外の楽器は特別に言及がなければマーカス・ミラーの演奏である』というふうなことが中山康樹さん著『マイルスを聴け!Version7』には書かれているくらい。
マーカス・ミラーの多才ぶりには、本当に感心します。【マーカスが曲を書く→マイルスが聴いて訂正させる】を何回も繰り返して制作していったと自伝でマイルスは語っています。
マイルスはスタジオにミュージシャンを呼んでもその人物のその日の調子に左右されたり、望みどおりに演奏できなかったり・・・そんな不満を回避するためにマーカスとトミー・リピューマ(プロデューサー)に予めトラックを作成させてました。
マイルスのトランペットをあとからのせる、言うならば【カラオケ方式】を採用したのでした。
プロデューサー Tommy LiPuma TUTU
ワーナー・ブラザーズのプロデューサーであるトミー・リピューマとの協力関係もこの時期には言及せずにはいられません。
トミーとマーカス・ミラーがある程度マイルスの指示どおりのトラックを作成し、あとからマイルスが音を乗せる方法が本作からとられていますが、プロデューサーの録音技術も必須の才能でした。
ジャケット・アートを眺める TUTU
写真家アーヴィング・ペンの撮影による。
ワーナーのアート・ディレクター石岡瑛子制作のジャケット・アートは強烈なインパクトを与えています。
これも『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969年)の初版のとき同様、タイトルやマイルスの名前が一切、表記されていません。
遠くを見つめているようにも、近くを凝視しているようにもとれる、マイルスの大きな瞳に吸い込まれるような秀逸なジャケットです。
グラミーでは『ベスト・アルバム・パッケージ賞』を受賞したと小川隆夫さん著『マイルス・デイヴィス大事典』には書かれています。
楽曲を聴く TUTU
①Tutu を聴く・・・
タイトル曲の『ツツ』はデスモンド・ツツの名前からとられたものです。このブログを始めた直後の昨年(2021年12月)にお亡くなりになっていたのですね。
南アフリカ出身のノーベル平和賞受賞者である『ツツ』をタイトルにしようと提案したのはプロデューサーのトミー・リピューマです。もともとはこのアルバムに入っているカバー曲『パーフェクト・ウェイ』がタイトルになるところだったということを、今回『マイルス・デイヴィス大事典』(小川隆夫さん著)を知って、にんまりしたのは僕だけではないはず・・・。
もしそのタイトルだったら、なんだか軽い印象になってしまったろうし、ジャケット・アートとのつりあいもとれたなかったろうと想像します。
本作全般にいえることではありますが、マーカス・ミラーのあらゆる楽器演奏にマイルスのトランペットをあとで多重録音する形式がとられています。
②Tommas を聴く・・・
マーカス・ミラーとマイルスの合作。ドラムスにオマー・ハキム、シンセサイザーにバーナード・ライトを起用し、他をマーカスが担当し、マイルスのソロをたっぷりと聴ける一曲となっています。
③Portia を聴く・・・
なんと『ポーシア』と読むのですね。マーカス・ミラーの作曲。
マイルスのミュート・トランペットはやっぱりバラードにしっくりきてしまうと感じてしまうのですよね・・・。あのかつての強いブロウとは違うこういうほうが、僕は好きですけどね。
シンセサイザーの音色はなんといってもこの当時の最前線のもの・・・。YAMAHAでしょうか?抒情的なバッキングも、クレジットのないソプラノ・サックスも哀愁が漂って大好きな曲です。
④Splatch を聴く・・・
シンセサイザーにアダム・ホルツマンを起用した、マーカス・ミラーの作曲。
パウリーニョ・ダコスタとスティーヴ・リードなるドラマー兼パーカッショニストを起用しているそうです。
モータウンにもからんでいるミュージシャンも起用しています。その辺がレコード会社移籍の影響がでていると思われます。
⑤Backyard Ritual を聴く・・・
ジョージ・デュークが作曲を担当。マーカス・ミラーがベース、パウリーニョ・ダコスタがパーカッション、マイルスのトランペットはもちろんだが、それ以外をジョージ・デュークが担当というスタイルです。
⑥Perfect Wayを聴く・・・
本作の録音時期あたりに、いろんなレコードをマイルスに聴かせるために持っていったリピューマ。その中からScritti Polittiを選曲したのはマイルスだというからおもしろいですね。ポップです。
『ユア・アンダー・アレスト』(1983~1984年)でのあのマイケルの『ヒューマン・ネイチャー』やシンデイ・ローパーの『タイム・アフター・タイム』に続いて、こういう路線はわかりやすくて、世間も受け入れやすかったでしょう。やっぱりバブリーだし、懐かしく聴こえるサウンドです。
『パーフェクト・ウェイ』というアルバム・タイトルが候補にあがっていたというから、これもおもしろいエピソード。『ツツ』とは重みが全然異なります。
⑦Don’t Lose Your Mind を聴く・・・
レゲエのフィーリングを取り入れた楽曲。
キーボードにバーナード・ライト、マイケル・ウルバニアクという舌を噛みそうな名前のヴァイオリニストが参加しています。
ぱっと聴いてもヴァイオリンの音に違和感を感じませんでしたが、マイルスにヴァイオリンは今まで気が付かなかったところです。
⑧Full Nelson を聴く・・・
たしか以前、同じタイトルの楽曲をこのブログに書いた気がすると思い、小川隆夫さんの『マイルス・デイヴィス大事典』を開くと・・・『ワーキン』(1956年)やその他のアルバムに『ハーフ・ネルソン』という曲がありましたね。『フル』ではなく『ハーフ』でした・汗。
伝統的なビバップ・チューンの『ハーフ・ネルソン』とはまったく関係はなく、ネルソン・マンデラにちなんだ楽曲とマイルスは自伝の中で話しています。
そう聞くとアルバム・タイトルは『パーフェクト・ウェイ』ではなく『ツツ』で大正解だったと感じます。
全般をとおして・・・TUTU
マーカス・ミラーさまさまのアルバムですね。マイルスがゲストで参加した・・・と捉えてもいいのではないかと思います。いや、それはないよと言われそうですが・・・。
マイルスのアルバムはマイルスが吹いていなくても『マイルスの音』である・・・そう言っていた僕ですが、晩年のこのへんのアルバムは本当にそうかな?と思ってしまうのです。
マーカス・ミラーはやはりすごい個性のあるマルチ・ミュージシャンで多種にわたる楽器を演奏し、マイルスが楽しくそこに乗っかっているように、僕には聴こえます。
帝王への冒涜と言われそうですが、結果論、マイルスの人生はここから約6年しかない・・・衰えが垣間見られていたと感じてしまいます。
でもリアル・タイムで聴いてきたファンはその一音一音に歓喜していたのでしょうね・・・。
そんなふうに聴けた当時のファンが一番マイルスを楽しめたのだろうと思います。
今からその人たちに追いつくのは難しいことなのでしょう。
ただ、ただ・・・マイルスのトランペットを存分に楽しめる傑作であることにはかわりありません。
音楽監督業から少し離れて、本来大好きだったトランペットの演奏に集中しているような、そんな感じをマイルスの音からは感じます。
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