考察65【マイルス・デイヴィス】The Man With The Horn アルバムレビュー

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The Man With The Horn 概要

1980年~1981年 Columbia

1975年9月のニューヨークでのステージを最後に、マイルスは音楽活動を5年以上休止します。僕もそれに倣ってブログをちょっとお休みしていた・・・というわけではございませんw。毎日、マイルスを聴いてますし、『マイルス・デイヴィス大事典』(小川隆夫さん著)3ヵ月以上使い倒してきましたのでレビューを書いてみたり、他の書籍も読んだり、たまには1950年代のアルバムや『プラグド・ニッケル』を聴きなおして、アコースティック期もいいなあ・・・とニンマリしたり、あいかわらず忙しく、楽しく過ごしておりましたw。なにものんびりと過ごしていたわけではございませんw。

1975年からの休止期間、マイルスはなにをしていたのか?

5年以上におよぶ休止期間。マイルスはなにをして過ごしていたのでしょうか?『マイルス・デイヴィス自伝』によると、まず体調はもうボロボロ・・・。事故や古傷による痛みに耐える生活。そこで乱用してしまった薬物による長期離脱は、マイルス自身もこんなに長期におよぶ想定ではなかったようです。薬物とセックスに依存する生活に音楽が入る余地はなく、マイルス自身も『音楽もトランペットも、すっかり忘れてしまった。なぜだかわからない』と自伝の中で語っています。しかし、過去を決して後悔なんぞしないマイルスは、当時の堕落した生活にも後悔はないと言います。罪の意識もないと。本当に帝王は前しか見ない、過去を振り返らない男だと思います。トランペットには近づくことはあっても、触れることはなかったとのことで音楽にはまったく触れませんでした。

旧友との交流→ピアノをプレゼントされ、活動を再開

ギル・エヴァンス、ディジー・ガレスピー、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス、フィリー・ジョー・ジョーンズなどなど、旧くからの友人たちとの交流は続いていたそうです。そして休止に入る直前のバンドのドラムスのアル・フォスターとは、唯一、休止明けも活動を共にしたメンバーでした。シシリー・タイソン(4番目の妻)との交流もあり、支えられた面も大きかったようです。

コロムビアに当時在籍したプロデューサーのジョージ・バトラーという人物がマイルスのカムバックには尽力しました。1年近くかけてマイルスと交渉し続けたジョージ。ある日、コロムビアはYAMAHAグランド・ピアノをマイルスにプレゼントしました。マイルスはそれを一つのきっかけに活動を再開できました。

カムバックを待った当時のファン

別にマイルス本人も長く活動できなくなるとは思っていませんでしたので、休止宣言を特別したわけでありません。当時のファンは、ただただ、なんの情報も入らないことから「マイルスはジャンキーで、もう復帰不可能」という噂も出ていましたが、マイルスもそれを否定はしなかったとのことです。

例えばマイルスやジャズの解説の巨匠のおふたりの、この期間についての言及を見ていきます。

小川隆夫さん。『マイルス・デイヴィス大事典』の中で、復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の解説によせて『輸入盤専門店に入荷した日、さっそく手に入れたぼくは、アルバムに針を下した瞬間、ノック・アウトされてしまった。リズムは強力だが、ぐっとシンプルになっている。音もびっくりするほど出ているではないか。予想を超えた出来だった』と当時を振り返ります。

中山康樹さん。『マイルスを聴け!Version7』の中で、『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の解説に『ぼくだけではない、全世界のマイルス・ファンが6年間、風雨にさらされながら、ときにはくじけそうになりながら、耐え、忍び、待ったのだ』『これを聴いてよいものか、悩んだ。聴くのが恐かった』と復帰について複雑な心境を回想します。

このように、長らくいつまで続くのかわからない、もしかするとこのまま復帰なく死亡説まで噂されたマイルスの音楽は、もう聴けなくなったと思われた中でリリースされた『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』。このような熱心なファンがいたおかげさまで、僕は今こうして、マイルスの続きを楽しめることができます。先人たちに本当に頭が下がります。僕は時系列にこの3ヵ月以上、マイルスを聴き続けてきて、疑似的にこの空白の期間を体験することができ、それはそれで楽しい体験にもなっています。今まではただかっこいいという感じで聴いてきた『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』やそれ以降のアルバムですが、この長い休止期間の前後では意味合いが異なることに気づき、聴こえ方も変わってきています。本当に音楽とは面白いものです。

楽曲を聴く

6曲入りのこのスタジオ録音のアルバム。おおよそ2つのバンドで録音され、とても若いメンバー(今では巨匠)を新起用しています。アルバムの羅列順ではなく、録音された時系列にレビューを書いてみます。

The Man With The Horn(⑤) を聴く・・・

このアルバムの中で、唯一、1980年5月に録音された5曲目のアルバム・タイトル曲『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』ランディ・ホールがヴォーカルをつとめ、非常にメッセージが強い1曲。ぜひ、歌詞についても注目して聴いていただきたい楽曲です。しぶい歌声のあとのマイルスの抒情的なワウ・トランペットの音色が、たまらなくかっこよく、これが復帰作であり、さらにそのタイトル曲だと意味はとても重要なんだと思います。

ヴィンス・ウィルバーン(ds)はマイルスの姉のドロシー・ディヴィスの息子なんです。

Bill Evans/ss Robert Irving/synth Randy Hall/elg,vo,synth Felton Crews/elb Vince Wilburn/ds

Back Seat Betty(②)、Aida(④)、Ursula(⑥)を聴く・・・

年は変わって1981年1月に録音の3曲。マイルスはこの数年後、バリー・フィナティのギターに下品だと感じていたと明かします。ケンカをしてギターの弦にハイネケンをかけたといエピソードも・・・(さくらさん、こちらもありがとうございます)。

Bill Evans/ss  Barry Finnerty/elg Marcus Miller/elb Al Foster/ds Sammy Figueroa/per    

Back Seat Betty(②)

バリー・フィフナティ(エレキ・ギター)のフランジャーの音が休止前にはなかった、新たに採用されたサウンドです。このような一つの印象的なセクションを設けてから、本編に入っていくスタイルは楽曲『ビッチズ・ブリュー』(1969年)で採用されたスタイルでもあります。

Aida(④)

唇の調子もまだ完全には戻っていなかったマイルス。この曲で、オープン・トランペットをプレイし、ブロウが戻ってきたと確かめられるのかもしれないですね。

Ursula(⑥)

『アーシュラ』と読みます。本作のラストは伝統的なジャズの4ビートを思わせます。僕はこの楽曲を聴くと、ちょっと二期黄金クインテットの頃を思わせるような気がします。少ない音にリズム・セクションのフリーなうえに、宙を舞うようなソリストたちのそれぞれのプレイがいいですね。

Fat Time(①) を聴く・・・

1981年3月に録音。本作の1曲目に華々しくリスタートを飾る『ファット・タイム』。ゴリゴリのマーカス・ミラーのベースにマイルスとビル・エヴァンスのホーンが鮮やかに響きます。非常にシンプルなメンバー編成の楽曲。『ファット・タイム』マイク・スターンがマイルスから呼ばれたニックネームでした。『演奏のタイミングが絶妙』という意味のFat Timeだそうです。マイルスはヘビーなギターの曲が好きで、よくマイク・スターンに言ったそうです。『おい、ファット・タイム、何か弾いてくれよ!』ですって・・・。ステキなエピソードです(さくらさん、ありがとうございます!)。

Bill Evans/ss Mike Stern/elg Marcus Miller/elb Al Foster/ds

Shout(③) を聴く・・・

『シャウト』だけ1981年5月の録音です。本作で一番後期に録音されていて、『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』(⑤)を録音した時から1年以上、ほぼ同一メンバーでもスタジオに入っていることがわかります。既にこの1年、マイルスは様々なメンバー構成で、試行錯誤をしていたことがわかります。そして約この2ヵ月後、ステージに復帰を果たします。ようやく納得できる状態になったということでしょうか。80年代のサウンドの典型のように僕には聴こえます。なんだか懐かしくもあり・・・。

Bill Evans/ss Robert Irving/synth Barry Finnerty/elg Randy Hall/synth

Felton Crews/elb Vince Wilburn/ds Sammy Figueroa/per

全般をとおして・・・

長期活動休止期間、耐え忍んだ小川さんや中山さんのような、ファンがいたからこそ、今、僕はこうして聴ける喜びを感じられるのだなあとしみじみ思いますw。

僕は、少し不思議な感覚を本作から感じます。活動を再開したサウンドというのは、時系列に聴いてきた今では、確かに以前にはなかった新しいマイルスというふうに聴こえてきます。しかし、僕が幼い頃、テレビやラジオの番組から聴こえてきた番組のテーマ曲だとかCMで流れていたサウンドで、懐かしさも感じられるんです。マイルスが長期休止に入る以前は僕は生まれていませんでしたから・・・。『新しい、でも懐かしい』というのが僕の個人的本作の印象です。幼い頃に自然に耳に入るテレビやラジオって、こんなふうなのが多かった気がします。マイルスが作った新しいこの当時のサウンドが、僕が幼い頃に聴いた音の根源だったのかもしれない・・・そう思うととてもおもしろく感じます。音楽はそんなことに気づいて聴くと、なんだか聴こえ方がまったく変わってくるものだなあと思います。

ここから怒涛の2枚組ライブ・アルバムがまた続きます。復帰作として1枚6曲に集約されたスタジオ録音という特徴的な本作は、マイルス考古学としても重要な位置づけとなりますね。マイルス・ディヴィスにとっての『マンウィズ』・・・かっこいいですねw。

そして、この復帰を心待ちにして、小川さんや中山さんのように、ドキドキして本作をリアルタイムで聴いた思い出のあるかたもおられるでしょう。ぜひ、その当時の思い出をTwitterやコメント欄で聞かせていただけたら、それもまた一つのマイルスの楽しみかたであり、考古学かなと思います。お気軽にお聞かせくださいませ。

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