【マイルス・デイヴィス】Agharta 【アガルタ】アルバムレビュー 考察63-1

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Agharta 概要

Miles Davis/tp,org Sonny Fortune/ss,as,fl Pete Cosey/elg Reggie Lucas/elg

Michael Henderson/elb Al Foster/ds Mtume/per

1975年2月1日(16:00~) 大阪フェスティバル・ホール Columbia

Agharta のCDライナー・ノーツが完璧すぎる件

今、僕は『アガルタ』の日本版CDのライナー・ノーツを再読し終えました。完璧すぎるライナー・ノーツに、いったいこれから何をブログに書けばいいのか・・・悩みに悩んでいます。僕のレビューなんて、入る余地がないのです・・・。

休日の午前がこの悩みで、あっと言う間に終わってしまうところです。ちょっとトイレ行きたいと思っているところですがw、この熱い気持ちをすぐに書かなければ・・・と思い、すぐにパソコンへ向かいました。

今回はこの完璧ななライナー・ノーツを、僕の私見は加えずただひたすら客観的に記事にしよう!と思います。

筆者・かなやま
筆者・かなやま

ぜひ、詳しくはCD本体を買ってお読みいただきたいと思います。音楽配信サービスでは手に入れられない、すばらしい解説文だと思います。

その前に、『アガルタ』の日本版ジャケット・アートをご覧ください。横尾忠則さんの美しく素晴らしい作品です。こちらも言葉になりません。

今までジャケット・アートにも感動を覚えてきたことはありましたが、本作のアートはその中でも秀逸。

それに加えて『ライナー・ノーツ』にまで、完璧すぎる感動を覚えたのは初めてです(ちょっと誤字が多過ぎることを差し引いても・・・)。

僕がこの頃のマイルス・バンドのサウンドにについて、言葉にしたかったことを文章にしてくれているという感じで、感動しました。ただ単純に知らなかったことが書いてあることを喜ばしく思いました。

本作は楽曲、演奏、音質、リリース時期、ジャケット・アートだけでなく、『ライナー・ノーツ』すら完璧なアートであると、僕は思うのです。

筆者・かなやま
筆者・かなやま

ライナー・ノーツは二人のかたが書いておられます。一人目は熊谷美広さん、二人目は児山紀芳さんです。

それぞれのお二人についてもどのようなかたかは、それぞれの章で書くことにします。そして、ライナー・ノーツでは熊谷さんの解説が先に書かれていますが、これも書かれた時系列の順で児山さんの解説を先に要約していこうと思います。

児山さんの解説は、後半がマイルスへインタビューした内容になっています。

今回のレビューは、書き方が異なり、CDライナー・ノーツのポイントを共有するという趣旨です。

それでは下記、ご高覧くださいませ・・・。

児山紀芳さんのライナー・ノーツについて・・・(アナログLP発売当初のもの)

児山紀芳さんについて・・・

児山紀芳さんについてはこちらのリンク先をご覧ください。僕はこのブログを書くにあたり、しっかりライナー・ノーツを読んではじめて、この書き手のかたにも興味を持ったのが実情です。

ライナー・ノーツ内では「元スイングジャーナル誌編集長」と紹介されており、2019年に82歳でお亡くなりになっています。

児山紀芳さんのライナー・ノーツ 【箇条書き】(発売当初のオリジナル)

〇録音は1975年2月1日

〇マイルス・デイヴィス7重奏団が、大阪フェスティバル・ホールで、昼公演(16時~)と夜公演(19時~)を行ったうちの昼の部の実況録音である。

テオ・マセロ(プロデューサー)の編集なし

テオ・マセロはわざわざ、アメリカから来日した。

〇昼すぎからはじまったサウンド・チェックで彼らは“Happy Day Today”と歌いあっていた(マイルスの調子が珍しくいい)。

総重量12トンの機材!!

〇普段、ライブ前は無口になり、不機嫌なマイルスだがこのライブ当日は違ってよくしゃべった(内容は後述)。

〇『メイーシャ』はマイルスの当時のガール・フレンドに捧げた曲。1974年にマイルスが南米を旅したときに聴いた音楽がヒントとなっている。

この優しい曲に、児山さんはマイルスがやさしくなり、人間的に変化を感じたとのこと。バンド・メンバーたちも、デューク・エリントンの逝去でマイルスには(穏やかな)変化を感じていると口を揃えているとのこと。

『ライト・オフ』のバリエーションへつなげるとき、マイルスは『ジャック・ジョンソン!!』と声に出して知らせ、次第にリズムはシャッフルへ変わった。

マイルスが頭を下げて演奏するのは、耳の位置が立っているときより低くすると、バンドのメンバーがやっている音楽が少し変化してるからと、インタビューで答えている。

トランペットを低くして吹くと、床にバウンドしてくる音によって、音がかわるとのこと。静かな曲で、とくにかがんで吹くと雰囲気がガラリと変わって面白いとのこと。

〇マイルスが使っている『ジアネリ』マウス・ピースは、マイルスが12歳の時から愛用しているもの。音楽を教わっていたドイツ人のグスタットからもらったもので、このマウス・ピースしか使っていないマイルスの唇はこのマウス・ピースにぴったりと筋肉ができあがっている。

〇この頃のライブ・ステージは、シンプルな骨組みと短いモチーフのみが設定されているだけで、その時、その時のフィーリングや考えで決定した。

〇マイルスは、このバンドのリズムの核はレジー・ルーカス(elg)だと言っていた。

1曲目『プレリュード』マイケル・ヘンダーソン(elb)が瞬間的に『ソー・ホヮット』を弾いている。このバンドは非常に瞬間的な演奏をしている

テオ・マセロ『(このバンドのメンバーは)マイルスによって特訓され、いまでは、マイルスと対等のレベルで独自の創造性を発揮するようになった』と述べている。

〇マイルスは、レジー・ルーカス(elg)5~6時間もの特訓を行っている。レジー・ルーカスはラベル、ラフマニノフ、ストラビンスキー、ハチャトリアンの音楽を研究していた。

ソニー・フォーチュンをマイルスは6年前からメンバーとして構想していた。

ソニー・フォーチュン - Wikipedia

マイルス談:『音楽というのは、不思議なものだ。なぜ、こうも変化するのだろう。変化が私の人生だからだろうか。その私の人生は、決してオープン・ブックではない。だから私の音楽も秘められた部分が多い。人々は、モードだのドリアンだのフリジアン・モードだのエレクニクスなどなど、を私たちと同じように理解しない。でも、それはそれでいいのだ。わからないからこそ、人々は驚きを得る。音楽を通して驚きを体験できるなんて、素晴らしいことじゃないか

【マイルスへのインタビュー】児山紀芳さんによる・・・【箇条書き】

〇マイルスは、評論家や世間の批判にはまったく動じていない。マイルス談『いつも勉強している。音楽の研究をね。中にはついてこれなくなる連中だっている』 この日のインタビューでは、マイルスは二枚のスカーフを巻いていた→『2枚のスカーフを巻いているけど、これだって、おかしな流儀かもしれない。でもそうしたいからやっている』

〇マイルスは日本のファンを「熱心」と表現。

〇東京公演二日目のコンサートの終わりにメンバーがやったのはシュトックハウゼンがやっているようなものと同じことをやらせた。マイルスは聴衆を驚かせようとしているとのこと。

〇児山さん『アコースティックに戻ることはあるか?』 マイルス『なにを言っているのか?私はちゃんとトランペットを吹いているじゃないか。』マイルスがエレクトリック・トランペットを初めて吹いたのはおそらく1968年とのこと。

〇児山さん『【メイーシャ】のようなロマンティックな曲が入ったが、方向転換か?』 マイルス『方向転換なんて意識していない。

筆者・かなやま
筆者・かなやま

1年後には【引退】するかもわからないしね』と、マイルスはこの時点で、引退をほのめかしていた

マイルスがオルガンを弾くときは、ハーモニクスさせて、メンバーに指示を出しているときである。観客に背をむけているときに、指で指示することもある。逆にマイルスがメンバーについていくこともある。『1人で自分勝手な演奏なんてできない』

レジー・ルーカス(elg)バンドのリズム面をコントロールしている。

〇児山さん『何という曲をやっているかわからないときがあるが・・・』 マイルス『【さて、それではみなさん、この次の曲はなになにです】式のやり方なんて、聴き手のほうでも飽き飽きしているだろう。そんなのは、もう古いやり方だよ。少なくとも私にとっては、退屈なやり方だ』

筆者・かなやま
筆者・かなやま

児山さん!ナイスな質問w!!僕もしょっちゅう、何を聴いているのかわからなくなっているので・・・ありがとうございますw!!

〇(かがんだり下を向いて吹くことに対して『あの恰好は、あまりよくないけど、恰好が問題じゃなく、要はサウンドだからね。』

『(トランペットを)もし吹きすぎたりすると、オルガンを弾いて唇を休ませてやる。その時でも、オルガンを弾いているから、手や指はしなやかさを失わないですむんだ』

〇この頃、マイルスはアル・フォスター(ds)とジムへ朝から昼まで通い、10ラウンドはこなしていた(事故後にもかかわらず)。

〇児山さん『あなたは練習なんてやらないのですか?』 マイルス『12歳から17歳はやっていたけど、ステージで吹いているからそんな必要はないんだ

(ライブ前は)『いつもナーバスになっている。特におおきなコンサートのときは1週間くらい前から自分でもおかしくなっているのがわかるよ。』

(当時のジャズ界について)『沈滞しているよ。チック(コリア)もウェイン(ショーター)もジョン(マクラフリン)も、ハービーもみんなバンドをつくって、私より成功しているけどね(笑)。好きな音楽はチックのだけ。』

筆者・かなやま
筆者・かなやま

マイルスは元メンバーたちが成功していることを、素直に認めているんですね。

〇このインタビュー当時はまだ『プラグド・ニッケル』がリリースされていなかった(1976年にリリースされた)。『コロンビアが悪いんだ。60年代にシカゴのクラブで吹きこんだ凄い奴だってオクラのままだ。』

児山さん:『プレスティッジのセッションでセロニアス・モンクとけんかしたでしょう』 

マイルス:『モンクとプレイするときはベリー・グッド・ドラマーが必要なんだよ。コルトレーンはモンクとうまくやれたけどね。モンクのピアノってのはタイムが少しずれて遅れるんだよ。自分でソロを弾いているときはそうでもないがバックにまわられると、本当にしっかりしたドラマーがいないと駄目だね。』

筆者・かなやま
筆者・かなやま

1975年のインタビュー当時はまだ、所謂、『ケンカ・セッション』が信じられていた・・・元スイングジャーナル編集長ですらも・・・。

パーカーが亡くなってこの当時20年で、コルトレーンもデュークもな亡くなっていることに『彼らのブックはもう閉じられたんだ。あまり想い出したくないね。』

『【ドナ・リー】という曲、あれは(パーカーではなく)私が作曲したものなんだ。』

筆者・かなやま
筆者・かなやま

児山さん、いろんなことを、マイルスから引き出しています

『私は決して、天才なんかではないし、ただ、いつも、冒険的な立場に立って音楽をやっているある一人のミュージシャンでしかないよ』

児山さんのマイルスへのインタビューをとおして・・・【私見】

CDを大音量で聴き返してみると、アルコール度数の高い55度ほどのウイスキーをストレートで飲んだ時のような、胸が熱くなることがありました。本当に胸が熱くなるのです。

こんなことは、おそらく僕だけでしょうし、理解されることはないと思います。でも、本当です。

おそらく、ここ3ヵ月以上、当時リアル・タイムでマイルスを聴いてきたファンの追体験をしている(変態な)僕ですから・・・。時系列にほぼマイルスだけを聴きこんできた結果、もたらされる作用なのではないかと思います。

DISC1の1曲目『アガルタへのプレリュード』(プレリュード=前奏曲)の熱いリズムと演奏、音、そこからふっとクール・ダウンする『メイーシャ』へつながるあたりがとくに心地よく、ここを聴くためにこのアルバムを聴いているって言ってもいいくらいですw。

筆者・かなやま
筆者・かなやま

やっぱり、プレイヤーは持っていないけれど、本作はアナログLPで手に入れるべきかなとさえ思います。そんなお金ないよ~~~www

1975年当時、まだ『ケンカ・セッション』ですら信じられていた時代だったんですね。そんな時代に児山さんは、たいへんなインタビューを任されていたことが文面から伝わってきます。

実際『あなたへのインタビューは難しい』と、マイルス本人に言っているあたり、児山さんはすごい人ですねw。ユーモアを交えた会話だったのでしょうけれど、たいへんなご苦労でしたでしょう・・・。

にもかかわらず、さまざまなことをマイルスから引き出してくださっています。

『ドナ・リー』がマイルスの作曲だったんだってことは、こういうインタビューがあったからこそ、今の僕たちは当然のように知られているわけです。

当然『ケンカ・セッション』も然りです。『ケンカ・セッション』についてや、『何という曲をやっているかわからないときがあるが・・・』といことも、ファンは聞きたかったことでしょう。

よくぞ、児山さん、難しいインタビューで、口に出してくださいました!!

一旦、『考察63‐1』として『アガルタ』の一回目のレビューは終了したいと思います。ここまで既に3時間以上かかっていますので・・・orz。

次回、考察『63‐2』として、引き続きライナー・ノーツの中の熊谷美広さんの解説をご紹介していこうと思います。よろしければ第二回(続き)も、どうぞよろしくお願いいたします。

<(_ _)>

 

 

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